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根底を流れ
黒髪の死神が見ている。
片目で獲物を選んでいる。まだ使えるものか否か。
足手纏いなら殺すと云っている。その瞳が云っている。
トットリは死神を睨み返した。
--------まだ、死なない。
「・・・僕、まだ戦えるっちゃ」
トットリは撃たれた右足を止血しながら言った。
「こんなもの何でもないわいや」
首に巻いていた布で思い切り傷を締め付けてから縛る。
吐き気に似た激痛が脳天を突いたが、それを気取られる訳にはいかない。
------へぇ?
前を向いたまま、死神が答えた。
------そうどすか。
興味も無い、と言いたげに。
新総帥にシンタローが就任して、彼が所属しているガンマ団は大きく変わった。
全く別物になったと言ってもよい。正反対の代物になったと言ってもよい。
戦争屋は、殺人を禁じた。奇襲を禁じた。
僅かに残された破壊行為もその内に禁止事項にされるのだろうか?
それでは、団の存続は?
トットリは思う。
自立した殺人から婉曲した殺人へと・・移行したところで結果は変わらない。死体の山も減らない。
そんなもの下らない方法のすり替えでしかない。
しかし彼はそんな事をおくびにも出さなかった。彼の親友が、朗らかに笑ったからだ。
「さすがシンタローだぁ。これでもうオラ達も誰も傷つけんでも良くなった、な、トットリィ」
その時彼は同じように笑って頷いて見せた。
「そげだぁ。良かったっちゃね、ミヤギ君」
その手は、まだ血で濡れている。滑って何も掴めない。
結局、世の中にはシンタローやミヤギのように太陽の中で真っ直ぐに進む者と、その後ろに文字通り
影となって付いて行く者とに分かれるのだとトットリは思う。
前を行く者の道の小石を退かし、太陽の光を遮る木々をこっそりを伐採して行く者もまたその道を歩
く者の為に必然なのだ。トットリは後者だ。
そして今トットリの隣に居るこの死神も、また後者だ。
闇に殉じる者。
新体制の軋轢は実に早い段階から露見した。
殺人を禁じたガンマ団はまず今まで懇意に取引していた国、組織、諸々からの反撃に耐えねばならなかった。
それは易しい事ではなかった。
新体制になった初年、団員の死亡数は過去最高に達した。
抜け道を探して足掻くシンタロー。彼の描く壮大な夢物語。
その道は果てしなく遠く険しい。
トットリはその先まで辿り着けた光を見ることが出来るのかもしれないし、
あるいはその前に命を落とすのかもしれない。トットリには判らない。
ミヤギさえ生きていれば良いように思う。彼さえ笑っていれば。
彼こそが正しさの象徴なのだから。
トットリが痛みにぼんやりとなっている間に、アラシヤマがまた一人音も無く殺した。
かつて最も懇意にガンマ団の兵力を買っていた国の軍事機密を漏洩させることが今回の
トットリとアラシヤマに課せられた任務だった。
急に「兵器としての軍隊を機能しない」と言って撤退すれば、縺れるのは当然なのだ。
買われた傭兵である所のガンマ団が報復されるのもまた当然。
それに対して、
「近隣諸国にこの国の過剰な軍備を露呈させれば、外交にてこずって対ガンマ団所では無くなるだろう」
と言うのが新総帥の言い分で、それは得てして的外れではなかった。
ガンマ団と秘密裏に繋がっていたことまで露見すればこの小さな国などあっという間に
大国に介入される。それを恐れればガンマ団とは手を切るしかない。
ガンマ団の契約不履行にも泣き寝入ることになるだろう。
それで満足か。
満足か?そんなことはトットリには関係のない話だ。誰もそんなことをトットリに尋ねたりしない。
現実問題として、密偵としてのアラシヤマは非常に優秀だった。彼は必ず成果を上げた。
しかしその方法は前体制のままだった。彼は相変わらず殺した。
以前、暗殺者として団に貢献していたのは事実だったのだ。
トットリはアラシヤマの的確で躊躇いの無い殺人にそう確信した。
-------また、一人。
たまたまそこに居たと言うだけで、アラシヤマは殺した。
「・・・・軍服じゃなかったわいや。ただのエンジニアだっちゃ」
小声で責めるように、トットリは言った。
「あんさんが、見つかったりするから、時間がありまへんのや」
トットリを撃った兵士も、殺したではないか。
しかしトットリは言い返さなかった。
トットリはどんなアドバイスもアラシヤマにくれてやるつもりは無かった。
(・・・僕は、アラシヤマを見張るように言われて来たんだわいや)
また一人、また一人、アラシヤマが殺した。
(シンタローがそう言ったっちゃ。アラシヤマは信用されてないわいや)
トットリは笑い出しそうになるのを、堪える。
殺せ、殺して行け。影のもの。その躯の上を、シンタローはミヤギは歩くのだろう。
それさえ気付かせないように闇を這え。
アラシヤマがシンタローの為に殺す限り、彼は永久にシンタローへは近付けない。
そして、その事実がいつか、トットリを慰めるかも知れない。
右足が引き攣るように痛んだ。アラシヤマが開けたドアの向こうに居た人影を、トットリが撃った。
恐らく自分に何が起こったのかも判らないまま息絶えた死体を跨いで進む。
死神がトットリを見た。
死神が死神を、見た。
05/12/3 ちょっとだけ加筆・修正
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