やがて夜が来る事を知っている。
ジャンは真上に昇った太陽を仰ぎ見ながら、また心の中で呟いた。
その言葉はジャンの口癖のような、気分転換の呪文だった。
意味は無いけれども、不意にその言葉が彼の裡からふっと 現れ・・そしてすぐに忘れる。
ジャンはすぐに忘れてしまうような他愛無い言葉の意味を深く突き詰めて考えるような
内省的な気質ではなかったし、
第一それよりも遥かに面白そうなことがここには沢山あった。
intro
若く溌剌(はつらつ)とした肉体を芝生に横たえる。草の先が柔らかく剥き出しの背中を愛撫する。
「眩しくないのか?」
傍らから声がする。 ---それよりも面白いもの。
そう、それは例えばこの傍らに居る青年。 今ジャンにとって最大の関心事はこの金髪の青年だった。
ツバの広い帽子を深く被った友人の名前は「サービス」と言う。
士官学校へ入学してからの数人目の友人で、初めての親友である彼。
ジャンはサービスのことをとてもとても気に入 っていた。
「どうして?平気だよ。オレの産まれた島じゃ太陽はもっと近かった。」
そう言って、サービスから帽子を奪うと、慌てた様子で白い腕が追って来る。
「・・・サービスもちょっとは日に焼けたら良いんだ。」
「駄目だよ。お前みたいに綺麗な小麦色にはならないんだ。赤くなって、それに・・。」
「そばかすが出来るとでも?」
言葉尻を取ってからかうと、大きな青い瞳が諌めるように向けられる。
「お前にそばかすなんて出来っこ無いよ。」
「何で判るんだ?」
---解るんだよ。
ジャンは答える代わりにサービスの唇に自分の唇を押し当てた。親愛のキス。
サービスはそのままの姿勢で、少し膨れっ面のままキスを受ける。
ほんの少しだけ、ジャンの唇を迎えるように姿勢を前傾に倒して。
それは無意識だったに違いない。 そしてジャンはそんなサービスが好きなのだ。
「昔から、太陽の傍へ近付き過ぎてはいけないって兄さんが。」
「・・・二番目の?」
「そう。ルーザー兄さんは帽子を被らなければ決して庭へ出してはくれなかった。」
「過保護だなぁ。」
「昔、帽子を被らず遊びまわって熱を出したことがあるらしくて。小さい頃の話で僕は覚えてないんだけど。」
サービスはそう言ってジャンから帽子を取り返すと、律儀にそれを頭に戻す。
常に流れるような優雅な動作。 やんごとなきガンマ団の令息。
それはサービスを形造るもの。
けれどほんの時折、隙間から顔を出すようにサービスは 幼い仕草をすることがあった。
例えば今みたいに。ジャンはそれを見ることの出来る幸運に感謝する。
---色なんて関係ない。
また、警告のように鋭い速度で、一つの言葉がジャンの裡を駆け抜けていった。
彼は、すぐにその言葉を頭の隅へ追いやる。
今度は少し意識的に。青の一族。赤の番人。
彼ら二人を分かつものは沢山あった。寧ろ結びつける糸は細いたった一本だ。
サービスの、肩の辺りで風にそよぐ金髪が稲穂のように美しいと思った。
遠くで輝く太陽よりもよほど眩しいと思う。
手を伸ばせば届く。
美しいものは美しいのだ。
ジャンの瞳に映ったまま何からも影響を受けず、侵食されることも無い。
「・・・・・美しい。」
思ったままを口にすると、サービスはゆっくりと瞬きを一つして見せた。
「言われ慣れているかい?」
天邪鬼な友人の振りをして、ジャンは尋ねる。
「確かに言われ慣れているけれど、お前が言うと全く違う言葉のように聞こえるよ。」
サービスはそう言って笑った。ジャンも笑った。
春の日だった。 出会って、一年が過ぎようとしていた。
04/7/15
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